粟津のまむし話


 いつ頃のことやろうか、むかしの粟津の話やそうや。

 織田何某という、まぁ蛇嫌いの男が、春の北陸路を旅しとった。

 吉崎御坊に参詣した後今度は那谷寺でも参ろまいか、と大聖寺川上って江沼の街道に沿って、真っ白な白山を見上げながら春の加賀平野を上っていったんや。

 「お昼も過ぎたなぁ。さあて、お握りでも食べよまいか。 蛇おらんやろな、蛇」

と男が街道沿いの畦に腰掛け、背負っていた包みを下ろして中のお握りを食べようとふ横を見ると、白い犬が尾っぽを振りふり、なんやか嬉しそうにお座りしながら取り出したお握りを見とる。

 「なんじゃお前、ノラ犬か?お握りばっかり見て、腹減っとるんか。少ししかないけど、半分こするか」

と、男は持っていたお握りを半分に割って分け与えてやったんや。

 お握り食べ終え、男が再び歩き出すと白犬は、男の前を行ったり来たり、喜び甘え付いてくる。

 「なんやお前、馴れてもうて。お握りおいしかったんか?ほんでももう、なーんもやるものないんやぞ」

 飽きたらそのうちどこかへ行ってしまうだろう、暗くなるまでに分校の峠を越えてしまおうと男は街道を急いでいったんや。そのうちに夕暮れも近付き峠にかかると、男の行く先にある草むらに、隣をあるいとった白犬が「ウうU」急に身構えて唸りだしたんや。

 「どうしたお前、なんか見つけたんか。まさか蛇でもおるんやあるまいな」

 草むらを脇に通り過ぎようとした男の足元に、急に白犬が飛び込んできた。男は驚いて後ろに倒れこんでしまった「うわぁっ…あ痛たたた」

 突然男の足首に、焼けた火箸で刺されたような痛みが走ったんや。慌てて男が転んだ先を見ると、まさに白犬が鎌首もたげた恐ろしい蛇と向井あっとるとこやった。

 「蛇やぁああああああ!お前危ない逃げや、こりゃぁきっと毒蛇や」 

大声を出そうとするが、急に息が苦しくなって声が出ない。犬は蛇を相手に大立ち回り、大声で吠え掛かっては蛇を咥えて振り回し、とうとう蛇を追い払ったんや。ほやけど犬も、そのまま蹲ってしまった。日も暮れてちk寒くなり、声も出せずに男はたいそう不安やった。

 ほんでも犬のほえ声を変に思って、近くの村人が集まってきてくれたんやね。

 「おーいこりょ、人が倒れとっぞいや」

 「あー。こりゃマムシやな。お前さんマムシにかまれたんや。」「よかったなー」

 「お前さん、マムシに噛まれたんがこの粟津辺りで、ホント良かったわー。脚気山中カサ粟津いうて、この変じゃマムシやらなんやらの毒におうても、すーぐ粟津の湯ー行って、みんな帰ってくるんやー。今そこしばたっさけ、動くないやー」

 男は意識は朦朧、目もかすみ、かすかな声を出すのもやっとやった。。噛まれた足はもう倍ぐらいの太さに膨れ上がっとる。

 (白い犬も噛まれたんです。犬はどうなりましたか)

 「(聞き耳)おーいなんか言うとっぞいや。ほんでもなんか要領得んわ」

 「うなされとるんやなぁ。はよ粟津の湯ー連れてったらんと」

 男は動いて毒が回らないように戸板に縛られ、大八車に乗せられて、その日のうちに粟津に着いた。

 泥だらけの大八車が通された先は御殿のような大きな旅館やった。先に粟津に走ったもんから話を聞いとったそこのお女中達がすぐさま玄関入った先にある座敷に御座を敷き、大きなたらいが用意され、行儀も丁寧な女中さん達が列になり、奥の湧き出し口から運んだ源泉をたらいの湯船にどんどこどんどこ注いでいく。

 たらいに漬けた男の傷口からは血とともにマムシの毒がじわrじわりと洗い流され、血だまりになるたびにお女中たちが綺麗なお湯に取り替えていくんや。何回かくりかえしていくうちに、男が意識を取り戻してきた。男は源泉を飲むよう勧めてきた旅館の主人という人に声をかけた。

 「面目ない、私は越前、加賀を旅している織田という者です。傷の手当をしていただき、本当にありがとうございます」 

 「なーん。ようこそようこそ。粟津の温泉にいらっしゃいました。マムシに嚙まれてしまわれたそうですが、ここに来ら

れたんやからもう安心です。この温泉は奈良時代に泰澄太師が開かれた如来の薬湯、如来様が釈迦阿弥陀、大日薬師と表れて、なんとか人間を助けたいと今度はくすり師の姿で現れた。人間の持っとる3つの毒、怒りも愚痴も欲な心も、握っとらんと身に余るものは全てここへ流していきなさい、と太師が残された薬師のお湯です。マムシなんどの毒にやられたこの辺の人たちは皆ここへやって来るんです。」

 「マムシに噛まれておいでた方は、まず一日目にこのたらいの湯船で傷口の毒を全部出し、二日目からは奥の湯船に毎日入ってもらい、また源泉を毎日飲み下すことでマムシ毒の脱水症状も防ぎますし、マムシの毒を中から外から追い出すんです。

 追い出すのは何もマムシの毒に限りませぬ。南天竺の阿闍世王子は父親を殺した心労から全身に瘡を生じ、釈迦は会っただけでその瘡を平癒させておりましたが、

 人間の無明から来る毒を貪欲・愚痴・瞋恚の3毒と申します。怒れる者もこの熱い薬湯にぐぅっと浸かって100も数えれば、怒りも愚痴も欲な心も、我が身に沿わん3毒も綺麗に流れ失せてしまうでしょう。身に余る毒は

 白山権現の恵みのこの温泉を、人のために役立てて永く残してくれよと泰澄太師はお弟子の雅亮法師にこの薬湯を、守るようにとのご依頼、以来対しこの粟津のお湯を代々お守りさせていただいとるんです

この温泉へは誰がどんな毒を貯めてこようとその傷は、一週間で綺麗に治ります。  

 「あぁあ、あぁあ、もったいないやら、有難いやら。、夕暮れには山の向こうで死にかけとったこんなが、こんなご縁に会えるとは。私をここに運んでくっさったのも、マムシと村人と、あの犬のおかげや。あの時声も出せずに倒れていたら、きっと私はあのまま死んでいた。あの犬はどうなったんやろう」

 旅館の主人が示す先を見ると、果たしてもう一つのたらいが用意されとった。中を見やるとあの白犬が、噛まれた顔をぽんぽらぽんに腫らして湯船の中でおとなしく丸くなっとったんやね。

 「そうかお前、生きとったんか。村の人たちはお前まで運んでくれとったんやなぁ、よかったなぁ、よかったなあ」

 旅館の主人の言うとおり、男の傷は一週間後には回復して、傷も残らんようになった。犬も毎日男が世話して、お湯を飲ませ傷口を洗い、ぽんぽらぽんやった顔の腫れも引いて、すっかり二人とも元気を取り戻した。そして男は法師旅館と二人を運んでくれた在所の者たちに厚く、厚く自分と白犬二人分のお礼をして、犬といっしょに幸せそうに、元いた国へと帰っていったと。 おしまい